「実臨床における心房細動の診療 ~新たなエビデンスから考えるハイリスク患者への抗凝固療法~」 Vol.3
院長の山嵜です。
投稿がすっかりご無沙汰になってしまい申し訳ございませんでした。
本日は前回に引き続き、
「高齢者の抗凝固療法について」お届けしたいと思います。
わが国のリアルワールドの心房細動患者像を反映していると考えられる試験が、京都府伏見区の医療機関に通院する患者を登録した
Fushimi AF Registryです。
Fushimi AF Registryのデータによりますと外来に通院される心房細動患者の平均年齢は73.6歳で、75歳以上が50.8%を占めておりました(Circ J 2022; 86: 726 – 736)。
このように私たちが実際に診療を行う患者像はご高齢の方が多く、多くの合併症を有する事も事実です。
こちらもFushimi AF Registryからのデータですが、心房細動患者様の6割以上は高血圧を合併しています。
また抗凝固療法を考慮するにあたり重要となってくる慢性腎臓病も35.9%に見られていました。
高齢者における抗凝固療法を行う際には併発している合併症にも注意を払い、血栓塞栓症予防と出血リスクのバランスをよく考える必要があります。
ではそもそも「高齢者に対して抗凝固療法を行う価値はあるのかどうか?」
それを検討した試験がPREFER in AFです(J Am Heart Assoc. 2017;6:e005657)。
PREFER in AFはヨーロッパ7か国461病院の心房細動患者前向き登録研究で、高齢心房細動患者における抗凝固療法の有効性と安全性を検討した試験です。
治療の有用性を示す指標にネットクリニカルベネフィットがありますが、この試験で解析されたネットクリニカルベネフィットは高齢になればなるほど抗凝固療法の恩恵が大きいという結果を示しました。
有用性が高い抗凝固療法を安全に使用するにはどうしたらよいか?
そのために現在使用可能な抗凝固薬DOACには減量基準が設けられています。
減量基準には以下の項目が定められており、当てはまる項目により用量の調節を行うことになります。
・腎機能
・年齢
・体重
・併用薬剤
・出血既往
高齢者では減量基準に当てはまる方も多く存在しますが、減量しても血栓塞栓症の予防効果に問題はないのか?
それを検討した試験がJ-ELD AF Registryです(Clin Cardiol 2020; 43(3): 251–259)。
J-ELD AF Registryは75歳以上の非弁膜症性心房細動患者3,031例を対象にアピキサバンを使用し、減量基準により標準用量群1,284例と減量用量群1,747例に割り付けた試験です。
主要評価項目は脳卒中または全身性塞栓症、入院を要する出血で、通常用量群と減量用量群で主要評価項目の発生率に有意差は見られませんでした。
この試験では出血性イベントの発生とアピキサバンの血中濃度との関係をサブ解析で評価しています。
すると標準用量群では血中濃度の高い群と低い群で出血性イベントの発生率に差は見られませんでしたが、減量基準に当てはまった低用量群では血中濃度が高い群で出血性イベントが有意に多いという結果が示されました。
この結果からは減量基準に相当する心房細動患者様の中にはアピキサバン低用量でも出血のリスクが高い患者様が存在するのだという事が示唆されます。
抗凝固療法中の出血リスクとして前回もお話ししましたように下記の項目が重要視されています。
それでは血栓塞栓症のリスクも高いが、上記のような出血リスクの項目や出血性イベントの既往を有し減量基準に則ったDOACの使用もはばかられる患者様にはどのような治療選択をすれば良いのか?
そのような患者様に対して減量用量の半分量の抗凝固療法が治療の選択肢となり得るか?
それを検討した試験がELDERCARE AFになります(N Engl J Med 2020; 383: 1735-1745)。
その結果エドキサバン15mg内服群では脳卒中または全身性塞栓症の発生リスクが66%減少するという結果が示されました。
高齢心房細動患者様に対する抗凝固療法は非常に重要な治療選択となりますが、多くの併発疾患を有する事も多く、出血性イベントのリスクにも十分配慮する必要があります。
80歳以上で減量基準に則った低用量の抗凝固薬でも出血リスクが高いと判断される患者様に対し、ELDERCARE AF試験の結果からエドキサバン15mgを検討することが出来るようになったことは、私たち臨床医の選択肢が一つ増えたという事になるかもしれません。
日本の人口が減少の一途をたどる中、高齢化に伴い心房細動の有病率は2050年には日本の1%を超えると推定されています。
高齢者に対する心房細動診療は今後さらに重要性が高まるものと考えられます。
日々新たに構築されるエビデンスを見逃すことなく、皆様のためになる診療を継続していきたいと考えておりますので、お悩み事がございましたら当院までお気軽にご相談を頂けましたら幸いです。